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新連載エッセイ|#ijichimanのぼやき 第1回「人間臭さが充満する街・新宿」

2019年4月6日 - limeimei2

新連載エッセイ|#ijichimanのぼやき

第1回「人間臭さが充満する街・新宿」

「ひたすら肉体の安全無事を主張して、魂や精神の生死を問わないのは違う(三島由紀夫)」――日本初のコールドプレスジュース専門店「サンシャインジュース」のボードメンバーの伊地知泰威氏の連載では、究極に健康なサンシャインジュースと対極にある街の様々な人間臭いコンテンツを掘り起こしては、その歴史、変遷、風習、文化を探る。第1回は、氏の生まれ育った街、新宿をナビゲート。

Photographs and Text by IJICHI Yasutake

変わりゆく中で変わらずあるもの

10代前半から20代半ばまでの10年以上を新宿百人町で過ごした。歩いて10分で行ける歌舞伎町はボクにとって身近な街だった。あの時から10年が経って、歌舞伎町は時代の流れを汲んで微妙に変化している。

10代の頃、歌舞伎町に通じる新宿東口が遊び場のひとつだった。

親と出掛けた時に立ち寄る「高野フルーツパーラー」は楽しみのひとつだったし、「中村屋」のカレーも「つな八」の天ぷらも当時は何気なく食べていた。それら老舗の味が自分の味覚構造を形成していくうえで大切な役割を担っていたことに、今更ながら気づいている。

アクセサリーを作りたいと思った時には祖母に「オカダヤ」に行けば何でも揃うよと言われてビーズや皮ひもを買い込み、高校生の頃は先輩に「伊勢丹メンズ館」か「バーニーズニューヨーク」に行けば欲しい服はだいたい見つかるよと言われて喜々として通った。

今でも「紀伊国屋書店」に行けば見つからない本はなく、「kagaya」に行けば見つからないシガーもない。一世紀に渡って愛され続ける老舗と比類なき品揃えを誇る専門店が集うのが、今も昔も変わらない新宿東口の一面だ。

新連載エッセイ|#ijichimanのぼやき 第1回「人間臭さが充満する街・新宿」
新連載エッセイ|#ijichimanのぼやき 第1回「人間臭さが充満する街・新宿」

けれど、約10年間の時代の流れを反映しながら変化を遂げてきた一面もある。

端緒は戦後の闇市、その後非合法売春地帯となり、昭和期は文豪や映画人が集まったと言われる「ゴールデン街」。ゴールデン街に初めて行ったのは20代前半の頃だったが、あの頃は閑散としていた。

しかし今はその衰退期を経て、訪日観光客が集まるエリアとして賑わっている。ゴールデン街と同じく闇市からスタートした新宿西口の思い出横丁、通称「ションベン横丁」も昭和ノスタルジーを色濃く残した観光スポットと化している。

歌舞伎町も変わった。パッと見変わったのは歌舞伎町のシンボル「コマ劇場」がなくなったくらいだが、内面は大きく変わっている。昔は毎日のように事件があった。通学途中にパトカーとテレビ各局の車が停まっているから何事かと思ったら、殺人事件だったこともあったし、夜CDやDVDを借りに出歩くと必ずといって言いほど職務質問を受けた。それくらい物騒な街だった。

けれど、今や街中に防犯カメラを拵え、無法地帯特有の張りつめた緊張感はだいぶ和らいだ。見た目は若い時とそれほど変わらないまま、性格はだいぶ丸くなった友人のようである。

そんな歌舞伎町でボクが通う場所がいくつかある。区役所通りの中心に位置する歌舞伎町のランドマーク、風林会館の1Fに構える喫茶店「パリジェンヌ」がそのひとつ。

新連載エッセイ|#ijichimanのぼやき 第1回「人間臭さが充満する街・新宿」

新宿は喫茶店が多い。新宿三丁目の最古参の大箱喫茶「名曲珈琲らんぶる」、同じく三丁目で24時間営業ながらきちんとサイフォンで淹れるコーヒーを出してくれる「珈琲貴族エジンバラ」、どこも外せないけど、ボクが新宿で打ち合わせする時に使うのはここパリジェンヌ。

風林会館が建設された時から50年以上続く老舗の喫茶店である。過去には店内で発砲事件もあったくらいだから、歌舞伎町の歴史の表も裏も全てを見てきた店と言える。今はその危険度は薄れ、と言うよりもほぼなくなっているが、店内にトイレはなく隣接する薬局のオートロックトイレを使うために鍵を借りなければならないのが面倒と言えるが、逆に唯一昔の面影を匂わせている感じがする。

店内には新聞を読む人、寝る人、ひたすらスマホをいじる人、喧嘩を始めるカップル、怪しげな商談をしている人たち。様々な客がいる。しかし誰ひとりとしてその空間と時間を邪魔しない、客と客、店と客が良い距離感を保っている。そこにいる一人ひとりのパーソナリティが滲み出ていて、まるで歌舞伎町の街を凝縮したかのような世界観をこの店が形成している。その感じが心地よい。

新連載エッセイ|#ijichimanのぼやき 第1回「人間臭さが充満する街・新宿」
新連載エッセイ|#ijichimanのぼやき 第1回「人間臭さが充満する街・新宿」

そして、パリジェンヌから職安通り方面に歩いてすぐにある「新宿バッティングセンター」も欠かせない場所のひとつである。

歌舞伎町(それも同じ2丁目)にはなぜか「オスローバッティングセンター」と「新宿バッティングセンター」と2つのバッティングセンターがあるが、ボクが好んで行くのは新宿の方である。オスローは1回300円20球なのに対し新宿は300円26球。昔から変わらぬ手頃感だ。

さらにオスローは清潔感があって禁煙だが、新宿は羽田空港の喫煙所さながら煙に包まれている。バッティングセンターとは爽やかに汗を流して遊ぶスポーティな場所でありながら、飲んだ後の輩たちが日々悶々と抱える葛藤、鬱屈、自己欺瞞をかっ飛ばすために行く場所だと思っている。それをいちばん具現化しているのがこの新宿バッティングセンターだ。

昼過ぎに千鳥足でひとりバットを振りまわす水商売風の女子がいたり、夜明け前に轟く声で盛り上がるイカツイ男子たちがいたり、新宿バッティングセンターは様々な人間模様が相容れる場所なのだ。

新連載エッセイ|#ijichimanのぼやき 第1回「人間臭さが充満する街・新宿」
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そして旧コマ劇場の対面の第二東亜会館ビルの火鍋「海底撈火鍋」。ここは最近できた店だがよく行く。元々、火鍋は好きだ。しかし、火鍋の真理が薬膳のヘルシーでオシャレな食べ物ではなく、賑やかに楽しく食べるジャンクフードだと知ったのはつい最近のこと。

歌舞伎町のど真ん中のビル6Fのエレベーターを降りると、そこには歌舞伎町どころか、日本であることを一瞬忘れてしまうような光景が広がる。飛び交う言語は中国語。テキパキと客とテーブルを捌くスタッフに圧倒され、中に入るとファミレスさながら約300席の大箱。

オーダーは全て電子メニュー。鍋のベースは複数種類から最大4種まで選べて、肉は牛に豚、ラムや鹿肉から、豚の心臓、牛の血管、鴨の腸などのレアメニューまで多種多彩。自分で好きなタレをチョイスして食べる本格スタイルで、醤油やポン酢から白糖に味の素まで堂々と置いてある。

店ができたのは最近だが、北京駐在経験のある後輩にオススメされてから気に入った。今の歌舞伎町を凝縮したかのような巨大エンターテインメントスポットである。

パリジェンヌで打ち合わせをした後、火鍋を喰いながら腹を割って楽しんで、新宿バッティングセンターで消化して昇華する。それがこのun-healthyな歌舞伎町でボクにとっていちばんhealthyなルート。変わりゆく歌舞伎町だけれど、人間の本質的な欲求が散らばって、人間臭さが充満しているのは変わらない。相変わらず最高の街である。

パリジェンヌ
住所|東京都新宿区歌舞伎町2-23-1 風林会館1F
TEL|03-3209-1411
営業|月~土 11:30~3:00 日曜定休

新宿バッティングセンター
住所|東京都新宿区歌舞伎町2-21-13
TEL|03-3200-2478
営業|10:00~4:00 年中無休

海底撈火鍋新宿店
住所|東京都新宿区歌舞伎町1-21-1第二東亜会館6F
TEL|03-6278-9799
営業|11:00~5:00 年中無休


伊地知泰威|IJICHI Yasutake
株式会社サンシャインジュース 取締役副社長
1982年東京生まれ。慶應義塾大学在学中から、イベント会社にてビッグメゾンのレセプションやパーティの企画制作に従事。その後PR会社に転籍し、PR領域からのマーケティング・コミュニケーション・ブランディングのプランニングと実施マネージメントに従事。30歳を機に退職。中学から20年来の友人である代表と日本初のコールドプレスジュース専門店「サンシャインジュース」を立ち上げ、現職。好きな食べ物はふぐ、スッポン。好きなスポーツは野球、競馬。好きな場所は純喫茶、大衆酒場。
Instagram:ijichiman